共感覚で色を聴く

先日、若い女の子からそっとうちあけられました。「実は私はひらがなや数字を見ると、そのひとつひとつにそれぞれ色がついて見えるんです。こんな自分は異常なのではないかと思い、今まで誰にも言えなかったんです」と。例えば、人の名前についても、ま行の文字はとてもかわいい色がついて見えるので、その名前もかわいく見えるのだそうです。彼女はこのような感覚をもつ自分のことを、人知れず悩んでいたようなのですが、これは共感覚といって、異常なことではなく、どちらかというと芸術家肌の人にみられがちな特徴のようです。

共感覚とは・・・

五感といわれる視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の機能が、それぞれ単独に働くだけでなく、2つの感覚が重なり合って生じることで、ある音を聴くとそこから色が見えたり、ある味から何かの形を感じたり、または、彼女のように文字や言葉から色が見えるといった感覚です。 天才詩人として有名なフランスのアルチュール ランボーはアエイオウの発音を聞くと色が目の前に浮かぶといい、「母音」と題する詩を残しています。A=黒、 E=白、 I=赤、 U=緑、 O=青 共感覚者には個人差があって、同じ音を聴いても同じ色が見えるとは限らないといわれますし、生まれつき優れた共感覚者は10万人に一人ともいわれています。

そうであるならば、共感覚というのは何か特別なことのようにも思えますが、実は私達の日常にも当たり前のように表現されていたりもするのです。例えば「黄色い声」というのは、女性のキャーキャーといったかん高い声のことをいいますが、その聴覚からの刺激と黄色から発せられる強烈な明るさ、やや未熟な幼さを感じる視覚とが重なった表現です。「甘いささやき」「辛口な意見」というのも、味覚と聴覚が重なった表現です。

そう思うと、感性を磨くことによって、共感覚者に近づくことは可能なのかもしれませんし、もしかしたら自分の中にも存在しているのかもしれませんね。

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