黄昏色に想う

日が長くなり、空を見ることが多くなりました。 日中、サンサンと輝いていた青空に少しづつ陰りがさし始めた頃、わずかな光を放ちながら、グレーを含んだ薄紫色に変化した空は、徐々に忍びよせてきた闇と共にいつしか深い青紫色へと更に変化を遂げました。

きっと、今が黄昏時というのでしょう。辞書で調べてみると、黄昏というのは「誰そ彼」というように、夕方薄暗くなった時に、人の姿の見分けがつかなくなることから生じた言葉で、人生の盛りを過ぎた時期にもたとえられていました。

人生の時期を一日の日の光の色にたとえるとは深い意味があると感動していた時、ふと、ある本で読んだ人生時計のことを思い出しました。人生時計とは、自分の年齢を3倍にした数字を10で割った数字が自分の年齢の時刻に相当するというものです。例えば50才ならば50×3÷10は15なので、午後の3時を示すということになります。

 夜明けが白々と明けてきた時に一番初めに見える色は青、そして、夜になった時、紺碧の色で幕引きがされることを想うと青という色が何か人生に係わりのある色に思えてきます。 その途中には青春という言葉もありますしね。

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